巷でよく、「姿勢や骨盤の歪みが様々な体の不調の原因」という投稿や発信を目にしますよね。
慢性の腰痛に悩まされている私の知人も、治療院で「腰痛の原因は骨盤が歪んでいるからだ」と言われ不安そうでした。
どうにか不安を取り除いてあげたいのですが、歪みを治す方法、ありませんか?
慢性の腰痛で困ってるんですね。腰痛があると仕事や日常生活、趣味などに支障がでて辛いですよね。
その方も早く症状を改善させるために一生懸命だと思います。
ただその腰痛の原因が、本当に骨盤の歪みからきているのか、もう一度慎重に考えたほうが良いかもしれないです。その理由を論文を基に紹介したいと思います。その方の不安解消に役立てられれば幸いです。
従来の腰痛治療への疑問
腰痛は、世界中の多くの人々が経験する一般的な健康問題です。
これまで、徒手療法(手技による治療)や理学療法(運動や物理療法による治療)の分野では、姿勢・構造・生体力学(Postural-Structural-Biomechanical, PSB)モデルが、腰痛の原因を説明する主要な理論として広く受け入れられてきました。
このモデルでは、脊椎の湾曲(わんきょく)や骨盤の傾き、筋力のアンバランスなどの「構造的な問題」が、腰痛の発症や慢性化につながると考えられてきました。

しかし、近年の研究によって、このPSBモデルの信頼性が大きく揺らいでいます。
この記事では、Eyal Lederman氏の論文「The fall of the postural–structural–biomechanical model in manual and physical therapies: Exemplified by lower back pain」をもとに、従来の腰痛治療の課題と、それに代わる治療アプローチについて詳しく解説します。
姿勢や骨格のゆがみは、本当に腰痛の原因なのか?
これまでPSBモデルに基づき、以下のような構造的な要因が腰痛の原因と考えられてきました。
➢脊柱の非対称性(側弯症・腰椎前弯・胸椎後弯)
➢筋肉の弱さやバランスの崩れ(多裂筋・腸腰筋・ハムストリングの硬さ)
➢骨盤の傾きや足の長さの違い
➢椎間板変性(ついかんばんへんせい)や脊椎構造の異常
➢不良姿勢(長時間の座位・立位)
しかし、Lederman氏の論文で、過去20年間の研究を総合的に分析した結果、これらのPSB因子と腰痛の関連性が非常に低い、ということが述べられています。
例えば、青少年の脊柱のゆがみ(側弯や前弯)が成人後の腰痛と関係するという証拠はなく、妊娠中に腰椎前弯が増加しても腰痛との直接的な関係は見られない、というものです。また、椎間板の変性や脊椎の異常も、腰痛を引き起こす決定的な要因とはなり得ないことが、多くの研究で示されている、とのことです。
腰痛は「バイオメカニクス」の問題だけではなく「生物学的・心理社会的」な問題も
では、腰痛の実際に原因に思われる要因は何なのでしょうか?
Lederman氏は、腰痛は「バイオメカニクス的な問題」ではなく、むしろ「生物学的・心理社会的要因」がより大きな影響を与えていると指摘しています。
腰痛の発症や慢性化に関与する重要な要因として、以下のような要素が挙げられます。
腰痛の発症や慢性化に関与する重要な要因
➢心理的ストレスや不安:仕事や家庭のストレス、不安、抑うつが腰痛の発症・慢性化に 影響を与えることが示されています。

➢生活習慣(運動不足・喫煙・睡眠不足):身体活動の不足や喫煙、睡眠の質の低下が腰痛と関連することが明らかになっています。

➢遺伝的要因:ある研究では、腰痛の45~55%が遺伝的要因によるものであると報告されています。

➢職場環境や社会的要因:労働環境(重いものを持つ仕事・長時間労働)、経済的状況、社会的サポートの有無も腰痛に影響を与える要因です。

これらの要素は、従来のPSBモデルではほとんど考慮されていませんでした。しかし、最近の研究では、これらの「生物学的・心理社会的」な要因の方が、腰痛の発症や慢性化において重要であることが示唆されています。
腰痛の原因は心理、社会的にも複雑に関係してるんですね。
そうなのです。だから短絡的な説明で患者さんが不安になり、その不安がさらに腰痛を助長する、というような悪循環は避けなければいけないですよね。
徒手療法や運動療法の新たな方向性
従来のPSBモデルに基づく治療では、脊柱のゆがみを矯正することや筋力バランスを整えることが主な目的とされてきました。しかし、これらの治療法が長期的に腰痛を改善するという明確な証拠はほとんどありません。
Lederman氏は、腰痛の治療において、バイオメカニクス的な「矯正」ではなく、「患者の適応能力を高める」ことが重要であると述べています。具体的には、以下のようなアプローチが推奨されます。
近年の腰痛治療
➢痛みへの過剰な恐怖を減らす:「動かすと悪化する」という恐怖を軽減し、患者が安心して活動できるようにする。
➢日常生活の活動を増やす:ウォーキングや軽い運動を取り入れ、身体の適応力を高める。
➢運動療法を過度に「矯正的」なものにしない:「姿勢を完璧にする」「特定の筋肉を鍛えなければならない」といった考えを押し付けない。
➢長期的な管理を重視する:短期的な「治療」ではなく、患者自身が痛みと上手に付き合いながら生活できるようサポートする。
これらのアプローチは、患者の「痛みの体験」を重視し、自己管理能力を高めることを目的としています。

まとめ:腰痛治療のパラダイムシフト
近年の研究によって、従来のPSBモデルに基づく腰痛治療の妥当性は大きく揺らいでいます。
姿勢の歪みや骨盤の傾きが腰痛の主な原因ではないことが明らかになり、
生物学的・心理社会的な要因がより重要であることが示されています。
したがって、腰痛の治療においては、姿勢や骨格の矯正に固執するのではなく、
腰痛患者お一人お一人の生活習慣や心理的要因に着目し、適応能力を高めることが重要になります。徒手療法や理学療法も、この新しい視点を取り入れ組み合わせることで、より効果的なアプローチとなると思います。
最後に注意しておきたいのは、一部の研究ではPSB因子と腰痛とは関連性が無いわけではく、完全に無関係とは言い切れないこと、また、運動や徒手療法が全く無意味であるとは断定できず、適切な介入が必要である可能性も十分考慮すべき、ということです。
筋力や骨格の左右差、バランスなど、「身体の構造」だけに固執せず、「生活と心」にも注目した対応が必要なことがわかりました。知人にもそのようにアドバイスします!
私も、施術者として症状を緩和させるための施術だけでなく、その方にとってどうしたら日常がより有意義なものになるのか、常に念頭に置いてサポートすることが重要だと再認識しました。
参考文献:Eyal Lederman, The fall of the postural–structural–biomechanical model in manual and physical therapies: Exemplified by lower back pain. CPDO Online Journal,2010 March:1-14.
鍼灸Tadauchi
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